医と農

医術というのは農業に似ています。 畑を耕し、種や苗を選別し、獣虫や環境の変化から守り、手間ひまかけて育ててもなお、毎年成功するとは限らない。 作物ができたとしてもその質も良いものが均一であるという絶対の保証はない。 だからといってこれらの努力を行わないと枯れてしまったり、大きさや味に不足があったり、とろくな結果にならないのは目に見えています。 

農家の方以外でも、自然を相手にする人たちなら当然分かるのではないでしょうか? 猟業、漁業でも自身の努力が報われるとは限らない。 天気には逆らえないし仕事に出ても必ず獲物が獲れる保証など無いのです。 

西洋医学であっても簡単な手術で事故が起こることもある。 医者の投薬が効かないこともある。 どんなに健康維持に励んでも病気になることはある。 もちろん東洋医学だって同じです。

どれも科学の力で効率的になってはいるものの今の技術では自然には逆らえないのです。

作物も人間も全ての生物は自然の一部。その体の中で起こっている成長も病気も怪我も全ての事は自然の一部です。 つまり、体調不良も病気も自然現象の一つなのだから、完全に防いだり無くしたり、治したりすることが(少なくとも今は)できないのです。 

医農漁はどれも国にいろいろな意味で保護されています。 これは人の生活を支えるのに必須なものでありながら、努力に対してその結果を絶対に保証できないことが一因でしょう。 だからといって成功への努力をし続けないと完全に運任せです。 安定した生活は営めません。

 

努力した結果が出るのは多くの場合しばらく先の話です。 簡単な問題はすぐに解決しますが、問題の根が深いと時間がかかります。  

種を植えて明日すぐに実がなる作物などまず無いし、品種改良しようとしても一朝一夕では不可能でしょう? 

同じように治療したからといって直ぐに結果が出る治療も限られています。 治療とはその場で病を治す魔法ではなく、体という自然を解明し、味方につけ、その流れを良い方向に向けることです。 すぐに治ったなんてのは作物についた害虫を数匹潰した程度の応急処置です。もちろんこれで解決することもありますが、 その後にも虫は他から飛んで来るかもしれません。すぐそこにまだ隠れているかもしれません。 問題はそこに虫がいた事ではなく虫がついてしまう環境や状況にあるのです。 これはすぐに治すことはできないでしょう。

農業なら品種の差、環境の差など。医術なら病人の差、病気の差などによって結果の出る時間も質も変わります。 これは誰にもどうしようもないことです。

 

 

現代は全てが科学に彩られ様々な科学の力が自然をも支配しているようにも見えますが、それは一種の真実でもあり、まやかしでもあります。 自然現象に対し不都合な事態に陥った時、まやかしを信じて安易に短絡的な結果を追い求める方は本当に質の良い果実を手に入れることはできません。 特にその果実がお金では買えない健康なら尚更です。取り返しのつかない結果を招くこともあります。

だれだって結果は早く欲しいし、楽して良いものを大量に手に入れたいものですが、それは「本当は叶わない願い」だと誰もが知っているからこそ求めるのです。 そして見せかけの結果の可能性が目の前にあるとそれに惑わされ求めて迷走します。 本人が信じて迷わなければ、それはそれである意味での幸せですが、きっと望む結果は出ないでしょう。 

農と医。どちらも満足行く成功をするには日々の管理と将来への努力。これらを行い続けるしかありません。 結果は科学も保証してはくれませんが、もし人生を少しでも「より長く、より楽しく」暮らしたいと願うならば、自身で管理、努力を続ける以外の選択肢は我々に与えられていなのです。 現状を顧みず未来を過信していると何らかの不可抗力などで今の安定を失ってしまった時、必要な努力も管理も桁違いの時間と労力と資金が必要になります。そしてやはり努力の結果は保証されません。 まさに「後悔先に立たず」ですが、どこまで今、将来の安定に投資をして保険をかけるのかは、やはり本人次第ですからその時になって恨みごとを言っても誰にもどうしようもないのです…。

 

 

 

 

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