がん治療の未来

ノーベル生理学・医学賞受賞の本庶 佑氏は講演会で「希望的観測として、現在がん免疫療法の割合は全体からみるとわずかだが、これから次第に免疫療法が増えていき、2024年にはPD-1阻害薬関連の売上高は4兆円を超えるといわれている。将来的に、がん治療の主流になり、がんは完全になくさなくてもよく、自分の体力とのバランスで共存することも、がん治療の1つの目標になるかもしれない。」「今世紀中にがん死はなくなる可能性が出てきた。」などとと述べたそうです。

科学の進歩によって抗がん剤の効果はより高く、副作用はより少なくと進化していくのは間違いがないでしょう。 本当に癌で死ぬことはなくなるのかも知れません。

しかし、今生きている我々ががん死そのものを克服するのは難しいでしょう。 免疫治療であっても免疫がある程度正常に働いていることが最低条件ですから、それを満たせない状態の高齢者などは薬の恩恵に預かることは現実的ではありません。 我々が老化するスピードと、がん治療の進化とどちらが早いのかを考えればあまり過度な期待ができないと思うのです。

歳をある程度重ねると、病になり死ぬこと。寿命で死ぬこと。この差は余り大きなものではありません。 老化することによって様々な病に罹りやすくなりますし、治療にも制限が出てきます。 歳をとっても大きな病にならなければ、大きな病を患っても進行しなければ、進行しても体力を失わなけれは、天命を全うする事ができるでしょう。 生きる力と病気と戦う力を持ちながら、それらが敵対するだけでなく病気と共存することが最善で有ることも多く、それを現実に行うためには本人の「生命力」が必須なのです。

 

生きていることの意味

多くの人は健康長寿するのが目的では無く、健康長寿することで得られる日々の幸せが目的のはずです。 ならば例え癌などの治せない病があっても本庶氏が言うように共存することで目的を果たすことができるはずなのです。

がんにならなかった場合の自分と比べれば命は短くなるかも知れません。ても比べることにはなんの意味もありません。なってしまった事実は変えられないのですから、今の自分でどれだけ幸せな日々を過ごすのかが大切なはずです。 人は皆いずれ死にます。 年をとって病死するのと寿命で死ぬのとの境界はひどく曖昧です。

病が有ると自覚して生きればその分、人生の密度は高くなるものです。 できるだけ長く生きたいと思う気持ちもわかりますが、その欲には際限がありません。ならば死の間際に自分の人生はやりきったと思えるのと、後悔を残して逝くのとは随分と満足度が違うと思いませんか?

 

 

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